フランス旅行顛末記 10

           Bateaux Mouches バトー ムーシュ

Bateaux-Mouches バトー・ムーシュ & イタリアン・レストラン

2011年5月20~21日、サン・マロ駅から TGV に乗ってパリに夕方戻る。バスでアレジアにあるクロードのアパートへ向かう。夕食はクロードが作ってくれた。ワイン、レタスとハムのサラダ、バゲットと別皿にチーズとフォアグラ入りのパテが乗っていた。フランス人家庭の定番夕食である。なかでも気に入ったのはレタスだ。というのも日本のものと違って肉厚でパリパリとしていて、とても美味しかった。

フォアグラ入りのパテは、クロードの生まれ故郷、アキテーヌ地方のもので絶品だった。チーズはブリやシェーブル以外にも色々あり、今まで味わったことのないものもあった。何時もあまり見ないテレビなのに、今晩、クロードは夕食を早く済ませて見たいニュースがあると言ってソワソワしている。何だろうと尋ねてみると、IMFトップ、ストラス・カーンがNYでセクハラ容疑で逮捕されたからだという。それからは毎日毎日、フランスのニュースはこの話題で持ちきりになった。どこの国も人間は同じだと感じた。「人の不幸は蜜の味」。

今日は、5月21日土曜日。クロードが昼食と夕食をご馳走してくれるという。というのも彼女は、家でほとんど料理をしない。ご主人はポーランドに単身赴任をしているので、家には彼女1人だからだ。大体何時も昼食は外食らしい。Parc Monsouris(モンスリ公園)の中を散策しながらレストランに向かう。園内は広く、沢山の木々が茂り緑で一杯だった。人はまばらでゆったりと時間は流れ、池にはのんびりと鴨の親子が日向ぼっこをしていた。

レストランはテーブルが3つしかなく、小じんまりとしていた。私はアリゴというマッシュポテトとチーズを混ぜたものをオーブンで焼いた料理を食べた。クロードが「この料理はフランスでは典型的な家庭料理なのよ」と教えてくれた。壁にはクロードの描いた絵が2~3枚かけられていた。彼女は、ここの主人と懇意で絵を掛けさせてもらっているらしい。昼食後クロードと別れた。

何もすることがないので仕方なく、何度かパリに来ても乗ったことがなかった観光船、バトー・ムーシュに乗ることにした。相棒は御上りさんのようで嫌がっていた。「いくら隠しても、私達は御上りさんですよ」と私は言った。

両替をしてから行きたいので地下鉄 Rosevelt Champ(ルーズベル シャン)で下車、まずは両替をしに BNP(フランス国立銀行)に行く。両替をする時には、慎重に両替所を選んだ方がよい。場所によって両替手数料が違うからだ。一度モンパルナス駅で仕方なく両替をしたら500ドルで20ユーロもの手数料をとられてしまった。今日は土曜日なので、銀行はやはり閉まっていた。

先日、イケメン・モデルがプロモーションをしていたアバクロン&フィッチの建物の前を通ったが残念ながら今日は、上半身裸ではなく服を着たモデル達が若い女の子達と記念写真を撮っていた。Bateaux-Nouches(バトー・ムーシュ)乗り場は観光客であふれていた。次々と船がやってくる。

私達は1時間10分の旅を選んで1人11ユーロを支払った。今日は暑いくらいなのでセーヌの川風が気もちいい。船は Port de Conference(ポール・ド・コンフェランス)の船着き場から出発して、右手にオルセー美術館を眺め、サン・ルイ島をひと周りし、帰りにはルーブル宮、エッフェル塔、シャイヨー宮を観ながら旅は終わった。

夕食は、クロード御用達のイタリアン・レストラン。クロード家から徒歩で行けるので便利。レストラン・オーナーはイタリアからの移民で、フランスで生まれた息子と一緒に働いている。クロードと相棒がからかって、イタリアの俳優マルチェロ・マストロヤーニを知っているかと尋ねてみたが、知らなかったので相棒はガッカリしていた。

私は3センチ幅のトマトとソーセージのパスタを注文、塩加減は最高だった。相棒はアーティチョーク入りのパスタのクリームあえ。これも味見をしたら美味しかった。クロードは4種のチーズがのったシンプルピッツァを食べていた。もちろん赤ワインを注文して。

私達は余り飲まないので彼女は1人でほとんどを飲み干した。クロードは上機嫌だった。デザートはティラミス、最後にカフェ・エクスプレッソでしめた。今日は美味しい食事で贅沢な一日を過ごした。

文:吉田千津子 写真:奥村森

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