1 八王子市鑓水

                 Mt.Fuji 富士山

2009年から2013年までは、東京都八王子市鑓水で暮らしていた。京王線南大沢が最寄駅である。その前は日野市に住んでいた。引越の手間や費用を考えると近場が良いと思ったからだ。転居を決めてから、日野市周辺の不動産屋を次々と訪ねて物件を探した。しかし、条件に適した物件は、なかなか見つからなかった。

僕は、カメラマンの仕事をしているから機材が多く、通常サイズのマンションでは荷物の隙間で暮らす生活を強いられる。ある日、情報誌を何気なく見ていると広いマンションが掲載されていた。URが管理する南大沢周辺の物件だった。すぐに現地案内所を訪ねることにした。案内所は、南大沢駅から巨大なアウトレットを通り抜け、首都大学付近の美しい桜並木沿いにあった。

これまで訪ねた不動産屋は傲慢で入居者を客とも思わぬ姿勢が際立っていた。だが、ここは違う。親身に入居者の立場で相談に応じてくれた。幾つかの物件を見て、10階にあるマンションに決めた。天気のよい日なら、ベランダから富士山や丹沢の山々が望めるのが嬉しい。近くには2つのスーパーがあり歩いて2分の場所にあるから、とても便利だ。

マンションは多摩丘陵にあり、猛暑でも避暑地のような涼しい風が通り抜け、エアコンを使うことはめったにない。小山内裏公園など自然豊かで、毎日の散歩が楽しかった。

文と写真:奥村森

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2 泣き面にカラス

             Suginami alley 杉並の路地

2010年7月は、ムシムシとした暑い日が続いた。杉並にあるカルチャーセンター、松庵舎で写真教室を終えて井の頭線・三鷹台駅へと向かっていた。

疲れきっていたのでうつむいてヨロヨロと歩いていると、突然頭のてっぺんに「ビシャ」コップ一杯ほどの液体が降ってきた。初めは何が起きたか理解できなかったが、しばらくすると悪臭が漂い、鳥に小便をかけられたのだとわかった。

上方を見渡したが、もうそこに犯人の姿はない。これだけの分量から察すると、恐らくカラスの仕業に違いない。悪気はないのだろうが、カラスが人の迷惑など考えるはずもない。最近は、カラスにも劣る人間が増殖している。

人の好意を無にして、平気で後ろ足で砂をかけるやからがなんと多いことか。ある意味カラスより悪質である。「あ~あ、カラスにまで馬鹿にされるとは情けない、泣きっ面にカラスのション便」である。

文と写真:奥村森

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3 友人の死

                 Prayer 祈り

2010年7月、友人で編集プロダクションを経営していた佐藤珠樹さんが亡くなった。享年49歳、あまりに短かい人生だった。この年の4月に掛かりつけの医師に勧められ、精密検査を受け末期癌であることが判明、その直後に電話をもらった。

「あの~、やばいことになりました」

「どうしたの」

「え~、癌を宣告されました」

僕は直ぐに会社に駆けつけ、佐藤さんの気もちを少しでも和らげることが出来ればと考えた。そして進行中の仕事を健康状態が安定するまで代役できないものかと伝えた。彼のショックは大きいようだったが、いろいろのことに平静を保とうと努めているのがわかった。

間もなくして佐藤さんは、南大沢にあった僕のマンションを訪ねてきた。これまでも何度か家に泊まり、近くのスーパー温泉でストレスを発散させるのが慣習だった。その日、夕暮れの露天に置かれる畳に二人で裸で寝ころびながら人生や仕事について語り合った。

僕も4年前に癌を宣告された経験があった。その頃の気もちを佐藤さんに伝えた。「癌と知って衝撃は受けたけど、僕も波乱万丈の人生だったから、これで死ねるのなら楽になれるとも思ったなあ」。

「・・・・、僕にもそれはありますね」

「入院で病室が一緒だった患者は、どこか達観していた。だけど、生きることを諦めてるようにも見えた。そんな中で生還したのは、医師と患者が信頼しあって二人三脚で病気に立ち向かった人だけだよ」

「・・・、そうでしょうね」

その後、佐藤さんはいろいろな病院を訪れ医師の診断を仰いだり、インターネット情報を収集していたが、入院に至ったのは6月末となぜか遅れた。その間、電話やメールのやりとりでは「元気です、奥村さんは大丈夫ですか」と自分より人を気づかうのであった。

これまでの仕事を振り返っても、クライアント、カメラマン、ライター、デザイナーなどの我がままを一手に引き受け、怒ることなく我慢を重ねて仕事を貫徹するのが佐藤珠樹さんの誰にも真似ることの出来ない凄さだった。

末期癌を宣告されても、病床中の父親や社員の今後を心配して全力を尽くしていた。「こんなに優しい人をどうして神様は召してしまうのか」そう思ったが、再起の表情を眺めると穏やかで一点の曇りもなかった。

僕は、佐藤珠樹さんの生涯は幸せだったと信じることにした。そして、彼の天命は短かったけれど、僕は長生きして彼の分まで生きることを誓った。

「佐藤さん、有難う。僕が君のところに行くまで待っていて下さい。また、温泉に行こうな」。

文と写真:奥村森

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4 盲導犬

                  Dog 犬

京王線南大沢駅は、都心から遠いので身体の不自由な人やお年寄りにとっては席に座らないと厳しい。車両には「おもいやりゾーン」があり、こういう人たちのために優先席が用意されている。

帰路につくため乗車したのは夕刻だった。中高生の下校時間と重なったのでかなり混んでいた。僕は、新宿から間もない明大前駅から乗車したので優先席に座ることができた。優先席は行儀よく腰掛けると4人は座ることが出来る。調布駅で横にいた2人が下車、代わりに男子高校生が、その場所に1人で2席を独占して座った。

茶髪の彼はパンツが見えるほどズボンを下げ、胸をはだけ、大股開きで足を組んで座った。近くの乗客は関わると厄介だから見てみぬふりをしている。

途中駅から盲導犬(白いラブラドール)と目の不自由な外国人女性が乗車してきた。盲導犬は彼女を素早く「おもいやりゾーン」に誘導した。僕が席を譲ろうと思った、その瞬間、男子生徒の前に座り、組んだ足に前足で3度、ポン、ポン、ポンと触れた。

周りの乗客は、固唾を呑んで見守っていた。寝たふりをしていた高校生はしぶしぶ席を立った。外人女性が「サンキュー」とひとこと言うと、高校生はバツが悪そうに去っていった。

もし誰かが、その青年に無理やり席を立たせていたら、恐らく喧嘩になっていただろう。相手が犬ではどうしようもない。僕は、的確な判断をする盲導犬の素晴らしさに感動した。

文と写真:奥村森

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5 日米デジタル事情

               Gledale グレンデール

2011年7月、アナログテレビが全てデジタル化された。我家のアナログテレビには、葬式写真のような黒枠が出来ていた。コマーシャルの時は以前のように見えるのだが、番組が始まると急に画面が小さくなった。

何しろ我家のテレビは、14インチでおまけに二人とも目が弱ってきているので大変見えにくい。テレビが壊れたのかと一時思ったが、ラジオでアナログ化促進のため黒枠を付けているのだと知った。その黒枠の上下に、毎日しつこく「このテレビは来年7月には見られなくなります」とテロップが流れる。

一足先にデジタル化に踏み切ったアメリカはこうだった。ロスアンゼルスに住む友人アリスに聞いてみた。アリスのテレビは未だアナログだったが、買い換えることなくチューナーを付け観ることが出来た。

アメリカ政府はデジタル化移行の前年に、チューナー購入のため、60ドルの小切手を全国民に送付したという。不届き物は、そのお金を生活費に使った輩もいたらしい。勿論新しいテレビを買った人もいるが、まだ使えるアナログ・テレビを無駄にせずチューナーを設置するだけで十分なのである。

日本政府は、ほとんどチューナーのことを説明もせずに「エコポイントが付きます、早く新しいデジタルテレビの購入を」と騒ぎ立てていた。新しい物を買って、どんどん古い物を捨てるアメリカ消費文化は今、日本社会がそのお株を取ってしまっているように感じる。ゴミ集積場にテレビの山が出来ていたに違いない。エコポイントで反エコロジーな現実が見えてくる。

文:吉田千津子 写真:奥村森

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