21 人間が学びたいシャチ家族の絆

                Mar.28 2020

ふと回したテレビ番組で放送された「シャチ」のドキュメンタリーを見て、私はとても清々しく暖かい気持ちになった。彼らは北海道沿岸から流氷が去ったあと、春から夏にかけて知床の海にやってくる。

シャチは高度な知能を持った哺乳類である。英語ではオルカ。シャチといえばシーワールド等で芸をしている姿ぐらいしか見たことがなく、特に生態などには興味を持ったことはなかった。ところが、この番組を見てから「シャチ」が大好きになった。お利口で、とても家族愛に溢れているからである。

シャチはとても家族の絆が強く、お互いに慈しみ合いながら生きている。そして家族単位で行動するのである。こんな話がある、ある日砂浜に子供のシャチが打ち上げられた、それを心配した大人のシャチが浜辺にやってきて、離れようとせずに結局一緒に死んでしまったそうだ。多分それは母親だったに違いない。

シャチの生態はまだまだ謎が多い。取材班は長年の謎を解くべく研究者とともに、シャチの群れを探して知床の海を駆け回る。その謎とは春になるとシャチの家族が集まって大集団を作る。一列に等間隔に並び泳ぎはじめたと思ったら、今度は列を崩して、また一列に並び変える、その行動を何度も繰りかえす。

一体それは何のための行動なのか、シャチの数は多い時には百頭にもおよぶ。調べてみると集団は幾つかの家族で構成されている。調査の結果、この行動は婚活パーティーではないか。そして一列に並ぶ訳は、シャチの目は横についているので一列にならべば隣のシャチの顔が良くわかる、何度も列を崩しては一列になるのは、お見合い回転寿司の様に色々なシャチと知り合う為ではないかという結論に到達した。

そんな行動を繰り返しながら美しい自然あふれる知床の海でシャチは命をつないでゆく。としたら、まるで人間社会と同じ様で、愛おしくなった。悲しくて、切ないエピソードもある。

ある日シャチの群れを観察していると、大人のシャチが何かを口にくわえている。よく見ると、それはまだ臍の緒が付いたままの赤ちゃんシャチだった。しかし、その子は動いていない。たぶん死産した赤ちゃんなのだ。

母親はいつまでも離すことなく、その赤ん坊を口にくわえたまま家族と一緒にその悲しみを分かち合うかのように、たんたんと知床の海を泳いでいる。その子は何処に埋葬されるのだろうか。とても切ない映像だった。

最近の人間社会ではDV、子供への虐待、自分さえ良ければという自己中心主義、ギスギスした思いやりのない風潮が蔓延している。私たちはシャチ達から沢山のことを見習う必要があるのではないか。シャチの生態を知ることで、本当に心が洗われる思いがした。

文:吉田千津子 写真:奧村森

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20 カルフォルニアの最新コロナウイルス事情

                Mar.25 2020

3月22日の日曜日、久しぶりにカルフォルニア・ロスアンゼルスに住む友人アリースに電話をした。というのもトランプ大統領が緊急事態宣言をカルフォルニアに出したというニュースをテレビで見たからだ。

電話がつながったとたん、立て板に水を流す勢いでアリースは話し始めた。丁度この金曜日から仕事がテレワークになったのだという。

そのために新しいコンピュータを購入することになり、予約したのは良かったがコロナ・ウイルスのせいで、どこの会社もテレワークをする事になりコンピュータが売れに売れ、届くはずの日にコンピュータが届かずキャンセル、結局近所のかろうじて空いていた店で急遽コンピュータを購入することになったというドタバタ劇。

スーパーに行くとトイレットペーパーも品切れで多くの棚はスカスカ。それにパン、缶詰類、水なども手に入りにくくなっているという。

スーパーに入るのも入場制限があり一度に5人しか入れないので、スーパーの外には何時も長い行列が出来ているという。おまけに外で待っている人にも6フィートの間隔を空けて並べと言われているが、割り込みを心配して皆くっついて並んでいるので心配だとアリースは言っていた。

スーパーのレジの前には等間隔で赤いラインが引いてあり人々が接触しないようになっているという、それに比べで日本のスーパーには入場制限も未だにないしレジの前には人がくっついて並んでいるのは果たして良いのだろうか。

こんな時に一番大変なのがお年寄り、ロスアンゼルスではスーパーで長い列に並べない人たちのためにSenior Shopping time(シニアショッピング・タイム)が決められて朝7時から9時までの間に65歳以上の人々が買い物を出来るようになっているそうだ。

全ての店は閉まり、外食もテイクアウトとデリバリーのみとなりレストランでは食事はできない。それにくらべると、私たち日本人はまだ、恵まれていると感じる。

一時期、紙がなくなるとのデマでトイレットペーパー、ティッシュペーパー、キッチンペーパーなどが売り切れて棚が空っぽになったりはしたが、今は少しずつ平静を取り戻しつつあるし、今アメリカで起こっているPanic Shopping(パニック・ショッピング)で食品などを独り占めして買いあさる人は余り見かけないので今のところ安心している。

このコロナのせいで、空気汚染が消えて木々は蘇り、澄みきった青空、動物園の動物たちはリラックスし、街の喧騒は嘘のように静まり、文明の利器の自動車も影を潜めて、まるで何十年も昔に戻った感じがして落ち着くとアリースは言っていた。

そういえば、このコロナになってから、何時もゲームばかりしていた子供達が外に出て遊ぶ姿が増えたような気がする。何十年かに一度起こる災害やコロナのような疫病は神様や自然からの人間へのメッセージかも知れない。どちらにしても、早くこのコロナ・ウイルスが収束して何時もの生活に戻りたいものだ。

文:吉田千津子 写真:奧村森

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19 イスタンブールのパン屋さん

                 Dec,31 2019

昨今、殺伐としたニュースが多いなか、心がほっこりする記事を朝日新聞で見つけた。朝日新聞12月28日号の「特派員メモ2019年末スペシャル」の欄である。

トルコのイスタンブールに住む其山史晃記者の記事によると、ある日パン屋さんに入ったら「9」と表示された電光掲示板があり、尋ねてみると「上のボタンを一回押したら、パン一個を寄付。パンを無料で欲しい人は下のボタンを押すんだ」と教えてくれたとある。その数字は寄付できるパンの数だった。

このシステムはオスマン帝国時代にすでにあり、人通りの多い場所に寄付石というものが置かれ、貧しい人に寄付したい人は石のくぼみの中にお金を入れ、必要な人はそこから拝借する。これにヒントを得たパン屋さんが15年前から始めたそうだ。

200gのパンが約30円。寄付するパンの数はあまり変らないが、もらう人の数は三倍に増えたという。昨年の通貨危機が原因らしい。今は平均30人が利用しているそうだ。やはり貰う人は、恥ずかしのか、もじもじしたりする人もいるという。

通貨危機からのインフレ率は収まったものの庶民の生活はまだまだ大変らしい。経済状態が悪化し始めてから同じ仕組みを取り入れるパン屋さんが増えているという。困った時はお互いさまのトルコ人の心意気はとても素晴らしいと思った。

どんな小さな善意でも人の心を温かくする。そして、この心やさしい記者は掲示板の数を19にして帰ったという。彼のような人がもっと増えれば嬉しく思う。2019年も今日一日、2020年が良い年でありますように。

文:吉田千津子 写真:奧村森

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