64 君子危うきに近寄らず

         Chizu チズちゃん クルーと記念撮影 成田空港

イタリアと言えばピッツァ、食べてみることにした。一緒にフィノキオのサラダを注文した。フライトをする前に、同僚からローマに行ったらフィノキオのサラダが美味しいから是非食べるように勧められていたから。ピッツァは周りが焦げていて、感心しなかったがフィノキオのサラダは最高だった。

フライトを始めると何人かの同僚の友達が出来た。ブラジルは日本人移民の歴史が長く、日系ブラジル人も多くてVarigでも沢山の日系ブラジル人が働いていた。70年代にはもう3世の時代になっていて、日本語の話せない日系ブラジル人もいた。

同僚の中の一人にエミちゃんがいた。彼女はブラジル南部のポルトアレグレ出身。チズちゃんが以前住んでいた事もあり、すぐ友達になった。主に日系ブラジル人が多く住んでいるのはサンパウロ州だから、彼女は珍しい存在だった。エミちゃんの友人の一人によしお君がいた。

よしお君は、日本人で長年ブラジルに住んでいた。彼はコパカバーナ地区のバラータリベイロに小さなアパートを持っていてブラジル人の奥さんと一緒に暮らしていた。よしお君は手作りの靴やその頃流行していた木製のぽっこりの様なサンダルを作って生計を立てていた。

よしお君はヒッピー市で手造り靴を売っていた。仕事場はコパカバーナの丘にあるファベーラの一角にあった。こんな危険極まりない所になんで仕事場を作ったのかと尋ねると、ここの住民のほとんどは貧しい人達で、犯罪者の逃げ場になっているが、付き合うと気のよい人達で怖くないとの事だった。

その頃、よしお君の友人でニューヨークから遊びに来ていたイギリス人のローレンスがいた。彼はリオに来るとよしお君のアパートに居候をしていた。ある日、ローレンスにファベーラでカーニバルのサンバの練習があるから行ってみないかと誘われた。チズちゃんは初めての経験だったので興味津々。

ファベーラに着くと、よしお君の知り合いがサンバの練習広場に連れて行ってくれた。そこでは、みんな楽しそうにサンバのリズムに合わせて踊っていた。私達も交じって踊ることにした。一時間ほどした頃、何かまわりが騒がしくなり始めた。すると、誰かが突然「ポリシア(警察)!」と叫んだ。

踊っていた人達が雲の子を散らすように逃げ始めた。気がつくと私達の周りを10人くらいの銃を持った警察官が囲み、こちらに銃口を向けてぐるりと取り囲んだ。チズちゃんとローレンスは何が起こっているのか分からず一瞬凍りついた。皆、突然の警察の出現に戸惑い、どうして良いかわからなかった。

その時、ローレンスが「危ない、逃げろ」と叫び、二人は力の限り走った。やっとのことでそこから脱出。幸いにも撃たれずには済んだもののチズちゃんの人生の中で何度かの死に直面した経験の一つだった。後によしお君に聞いてみると、ファベーラに犯罪人が逃げ込み犯罪人狩りの捜索だったらしい。

こんな事は日常茶飯事らしく、特別な事ではないらしかった。でもこの事件はチズちゃんの人生の中では忘れられない恐怖体験の一つになった。その後は、さすがのチズちゃんもファベーラには余り近づかないように努めた。君子危うきに近寄らず。三毛猫タヌー

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