70 日本に帰ると

1978年に国際空港が成田に移転するまでは、羽田が国際空港だった。ロスを午前に出発すると翌日午後に羽田に到着する。移民局、税関を通って空港の外に出ると、Varig航空専用のリムジンバスが用意され、全クルーが乗り込み常宿の銀座東急ホテルに直行する。ホテルに到着すると自由時間となる。

自由時間は次のフライトが到着するまで、2~3日ある。銀座で美味しいものを食べたり、買物をする事もあったが、大体は羽田から伊丹に直行してすぐに飛行機に飛び乗り実家のある宝塚に帰っていた。帰るとすぐに神戸に遊びに行く。じっとしているのがもったいないマグロのような生活をしていた。

チズちゃんのお母さんは「本当に良く動き回るわね~、疲れないの」とチズちゃんに何時も聞いた。動き回っているほうが疲れないような気がした。お母さんはチズちゃんが、この仕事をすることには余り賛成ではなかった。でも、言い出したら聞かないチズちゃんに諦めていた。

お母さんの希望としてはチズちゃんが二年飛んだら辞めることだった。飛行機事故のニュースが流れると、何時も「大丈夫かしら」とお母さんはチズちゃんに尋ねた。「飛行機事故は割合としては自動車事故よりも確率が少ないから心配しなくてもいいよ」とチズちゃんは言っていた。

その後、10年間働き続けている間に何度か危険な目にあった。この話はおいおいすることにしよう。日本からロスに帰ると、次のフライトまで5日間の休みがある。なので、慣れてくるに従い暇をもて余すようになった。三毛猫タヌー

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