166 奥村さんとオフイスオクムラ

奥村さんはオフィスオクムラを始める前は、ある精密機械会社の広報マンとして長年働いていたから知人や交友関係が広く、オフィスには毎日色んな人が入れ替わり立ち代わりやって来た。その関係もあって南極探検の東京事務所をまかせられることになったらしい。
オフィスには以前にも話した通り、使ってない部屋がいくつもあった。チズちゃんが下宿する前には数か月間カーレーサーが居候をしていたり、ある時は知人の編集者が夫婦喧嘩の末、行くところがないと泣きつかれてオフィスに転げ込み半年以上も長逗留していたこともあった。それもこれも奥村さんの寛容な性格の故だったのかもしれない。
その頃、奧村さんは南極大陸探検国際隊の事務局と並行して、日本画家のお父さんの作品を美術館に寄付する準備をしいていた。戦中戦後にかけて奥村家は長野県南佐久郡八千穂村(現在の佐久穂町)に疎開していた。
奥村さんの家族は昭和26年まで、大正時代に建てられた黒澤合名会社の離れを借りて住んでいた。サラリーマン時代の奧村さんが長野県に仕事があって懐かしさもあり佐久穂積に立寄ると、黒澤家重鎮から「この歴史的建物を村に寄付する予定だが、奧村土牛作品を寄付してもらえたら美術館にしたいので頼んでもらえないか」と依頼を受けた。そのような出来事が起こり、とても忙しくなっていた。
一方、事務所を経営してゆくのには収入が必要だが、美術館の準備や南極探検隊のボランティアベースの仕事ではチズちゃんの給料も支払えないので、とりあえず直ぐに収入になる仕事を奧村さんは探すことにした。奥村さんはコネを利用するのが嫌いで、そういうものに頼るのをよしとしない性格なのだ。それで、自分に向いている仕事を飛び込みで探す事にした。
奧村さんは若い頃は、フランスで長年カメラマンとして働いていた経験があった。それで写真教室で教えてみてはどうかとチズちゃんが助言した。そして、さっそく奥村さんは『朝日カルチャーセンター』へ飛び込み講師の仕事をもらうことに成功した。オフィスオクムラの事務所の2階は20畳の広い写真スタジオになっていた。そこを使って生徒さんを教えることにした。
カルチャーセンターの担当者と話し合いながら色々なカリキュラムを作り、週に何度も講座を開くまでになった。一時期は一つのクラスが100人の大所帯になることもあり大盛況だった。当時は写真女子ブームで教室は花盛りだった。ブームも手伝って、どんどんと生徒数は増えていった。
南極大陸横断国際隊の準備はちゃくちゃくと進んでいた。毎日世界中からファックスが送られて来た。パリからフランス代表の秘書のブラジル人やアメリカ代表の事務所のキャシーがやって来た。1990年3月3日、アメリカ、フランス、ソ連、イギリス、日本、中国の国際隊は、約7カ月をかけて南極大陸横断に成功。その距離は6040キロにもおよんだ。
南極大陸横断国際隊が帰国後、大阪南港で5月の連休をかけて大イベントを開くために、事務局はT-シャツや沢山のグッズをアメリカや日本の業者にたのんで山ほど作った。だが、その年の連休は運悪く、雨続きで外でのイベンは1日しか開催できなかった。
それまでに作ったグッズは、ほとんど売れ残るという悲劇に見舞われた。そのせいで、広いはずのオフィスの2部屋は、天井までグッズでいっぱいになった。結局その代金は共同責任者だった二人が雲隠れして、奥村さん一人が支払う事となり借財を抱え込む結果となった。
その年の9月には101歳で奥村さんのお父さんが亡くなってしまった。今度は家族の相続の問題も加わり、益々奥村さんは多忙になった。奥村さんの相続についての顛末は、文藝春秋ネスコ刊の『相続税が払えない』に全て書かれているので、興味のある方はお読み頂ければ嬉しい。
南極大陸横断国際隊のイベントが終わっても、日本代表の舟津圭三さんの講演などがあり、奧村さんはスバルのステーションワゴンにグッズを詰め込み、日本中を走り回っていた。どこに、そんなエネルギーがあるのかと思うほど休みなく舟津さんのために身を粉にしてサポートしていた。奧村さんの性格は一度自分が気に入った人に対しては採算を度外視しても、とことん尽くしてしまうのが長所でもあり難点でもあった。
一方、チズちゃんの性格はブラジルに住んでいたせいかラテン気質で喜怒哀楽が激しい。パッと怒るがすぐに忘れるタイプだが、反面とても神経質で気になる事があると眠れなくなったり、パニックになったりもする。
とても矛盾した性格だと思う。笑う時は大声で笑うのが好きだ。
初めて奥村さんに会った時は、余り喜怒哀楽を現さない人だと思った。往々にして日本人は、余り感情を表に出さない人が多い。海外生活が長かったせいか、まず、人を疑って良く観察してから始まる。日本は海外にくらべれば安全な国といわれているせいか、のんびりしている。三毛猫タヌー
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