167 ドンちゃん、ロスから成田へ

南極大陸横断国際隊の講演などが、ひと段落した頃、アメリカから一通の手紙が届いた。ロサンゼルス空港のJALで一緒に働いていたKumikoちゃんからだった。手紙にはチズちゃんが日本に帰国する時に引き取られた愛犬ドンちゃんのことが書かれてあった。
私がロサンゼルスにいた頃は、Kumikoちゃん家族はロングビーチの広い庭のある一軒家に住んでいた。その後、ラグーナヒルズに新築の家を買ったという。家には小さな庭がついているが隣の塀とつながっていて、隣家にはグレイハウンド犬(立つと人の背丈ほどもある)がいてドンちゃんが庭に出ていると噛みつかれたそうだ。
 ドンちゃんも小さな体ながら負けじとジャンプして攻撃するので危なくて仕方がない。それで庭に出しておくのを諦め、窓が一つもないガレージに閉じ込めておいたという。ドンちゃんはロングビーチの家では庭で放し飼いにされていたので走りまわっていた。今は真っ暗なガレージに一日中閉じ込められて、きっとストレスが限界に達していたに違いない。
悪いことにドンちゃんのストレス解消法は、ガレージの壁をガリガリ引っ掻き大きな穴をあけることだった。そして、新しいガレージの白い壁をボロボロにしてしまった。一番激怒したのは、Kumikoちゃんよりアメリカ人のご主人だった。彼はKumikoちゃんに「もうこの犬は飼えないから、保健所に連れて行こう」と叫んだらしい。
それで困ったKumikoちゃんは、チズちゃんに手紙を書いてきた(その頃はまだ、メールはなかった)。どうしたら良いものかを尋ねて来たのだ。その手紙を読んで、チズちゃんの頭は真っ白になった。チズちゃんが離婚後、ペットショップで売れ残っていて16ドルで買ったドンちゃん。チズちゃんが辛い思いをしている時も楽しい時も、一緒に乗り越えてきてくれたドンちゃん。
こんなことで保健所で殺されてはたまらない。すぐに、奧村さんに相談した。すると、奧村さんは「それだったら、ドンちゃんを日本に連れて来なよ、オフィス犬として飼えばいいから」と言ってくれた。早速、Kumikoちゃんに電話をして、日本に連れて帰るからそれまでは保健所に連れて行かないようにお願いした。
ドンちゃんを日本に連れて来るにあたり、Kumikoちゃんに獣医さんで犬の予防注射をして欲しいと電話で頼んだ。飛行機の切符を旅行代理店に手配して、その週にチズちゃんは一人でロサンゼルスに向かった。ロサンゼルス空港でレンタカーをして、何時も常宿にしているグレンデールのお隣さんだったパピーの家に向かった。
パピーにドンちゃんの話をすると「それは大変だったね」と心配してくれた。次の日早速、ラグーナヒルズのKumikoちゃんの家に向かった。Kumikoちゃん宅はグレンデールから車で一時間以上かかった。到着するとドンちゃんが、シッポをちぎれんばかりに振って、何時ものように余りの嬉しさにおもらしをした。
チズちゃんは、ドンちゃんが元気にしていたのでホッとした。Kumikoちゃんとご主人にはドンちゃんがガレージの壁に穴をあけてしまったことをお詫びした。そして、少しばかりだったが壁の修理代を支払った。帰りの航空会社はノースウエスト航空だった。
ノースウエストに前もって、チズちゃんと同じフライトに乗れるようにドンちゃんの予約を入れておかなければならない。それにドンちゃん用のケージも必要となる。犬は寒い貨物室に入れられて旅をするから、Kumikoちゃんが子供のセーターをくれた。袖のところだけを少し短く切ってドンちゃんに着せるとピッタリだった。
この時のロサンゼルス-成田間のドンちゃんの旅費は、ペット用ケージ(大)が64ドル5セントと超過手荷物代(ペットの旅費)が77ドル、合計141ドル5セントだった。これは30年以上も前の話だが、この頃は人間ひとりのロサンゼルス-成田間の旅費が、格安航空券だと500ドルぐらいで往復できていたので、今とはまるで違う。
ノースウエスト航空のカウンターに着くと、愛想のよい係員が「今日は犬と一緒にご旅行ですね」と言う。チズちゃんはドンちゃんの予防注射の証明書を見せた。すると「チョット、お待ち下さい。犬小屋をお持ちしますから」といって、その場を離れた。数分すると係員が大きなプラスチック製の犬小屋を台車に乗せて持ってきた。
その犬小屋は両サイドに窓がついていて、入口は鉄製で犬が逃げられないように頑丈な作りだった。床は二重になっていて長旅なので、おしっこで床がビシャビシャにならないように下に落ちるようになっていた。それと水をいれる白い半月型の容器が入口の鉄柵に動かないように掛けてあった。
ロサンゼルス-成田間の飛行時間は約10時間半。その間チズちゃんは、ドンちゃんが貨物室で寒がっていないか心配していた。セーターを着せているとはいえ、貨物室はとても寒い。チズちゃんが客室乗務員として働いていた頃、ブラジルから数匹の猿が日本まで輸送されたことがあった。その時に猿たちは、何かの手違いで寒い貨物室に入れられてしまった。日本に着いた時には、こと切れて死んでいたという事件があった。それほど貨物室は寒いのだ。
やっと成田に到着。一刻も早くドンちゃんが無事に着いたかを知りたくて、足早で入国管理局を通り抜けてバゲッジクレームに急いだ。次からつぎへと沢山の荷物がコンベア―で流れてくるのを待っていると、ノースウエスト航空の地上係員が台車に乗せたドンちゃんのケージを運んできてくれた。ケージの中を覗くと元気に尻尾をふるセーターを着たドンちゃんがいた。チズちゃんはホッとした。三毛猫タヌー
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