6 リスボアの生活をりをり

午前6時起床、昨日の日記を書く。朝食後、奥村さんに渡すものがあったので部屋へ届ける。ドアをノックしてもなかなか出てこない。しばらくしてドアが開いたとたん、オペラのような歌声が部屋一杯に響き渡る。テレビもついていない、誰が歌っているのだろうか。

      Scenery through the window ペンションの窓から望む中庭

奥村さんは、ペンションの中庭を覗き込んでいる。私も見ると、背広姿の片腕の男とアコーディオンを胸にぶらさげた若い男が立っていた。声の主は、彼らだったのだ。8階建てアパートの四角い中庭にビンビンとこだまする。

歌詞は反響して聞きとれないが、どうやらファドらしい。日本で言えば演歌の流しといったところか。日本の流しは夜の酒場を想像させるが、ところ変われば品かわる、朝の10時にこんな場所で演じるとは。

中庭の窓を見渡すと、お手伝いさん、事務員、おばあちゃんが顔を窓から突き出し聞き入っている。奥村さんは「お金をもらうためにやっているんだ」というが、誰もお金をあげている者はいない。なおも歌を聞き続けていると、5階の窓から事務員らしい女の人が手をあげて白い紙の包みを広場の彼らに向かって投げた。

それは風に乗ってフワフワと広場のモザイクの石畳の上に落ちた。歌手はゆっくりと包みを拾い上げ、不自由な片手で硬貨を丁寧に取り出し、首にかけた箱に入れる。すると、その様子を見ていた人々が、次々と同じように広場に向けて投げ始める。

私は硬貨がよく見えるようにナイロンの透き通った袋に100エスクード硬貨と500エスクード紙幣を入れて力いっぱい投げた。私の心づけはヒラリヒラリと舞い、やがて駐車していた車のフェンダーに「カーン」という音をたててぶつかり、男の前に落ちた。彼はすぐに拾いあげ、片手を左右に振って私に感謝の意を表した。

今夜は、ICEPのネーヴェス嬢の協力で5つ星のシーフード・レストラン「ガンブリヌス」を撮影することになった。メトロ・レスタウラドウレス駅で降りてすぐの所に、このレストランはある。

        Restaurant Gambrinus レストラン ガンブリヌス

「ガンブリヌス」は、一見なんの変哲もないレストランにみえる。木の扉を開けて中に入ると、どこにでもあるバーカウンターが右側に、左側には何種類もの海老や魚介類がみごとにデザインされてオンパレード、ウィンドーからも眺めることができるので通行人の目をも楽しませている。

レストラン内部は、3つの部屋からなり、各部屋に1メートルの段差をつけて雰囲気が変わるような、さり気ないがよく考えられた設計がなされている。厨房は思いのほか狭いが、壁にはポルトガル特有のアズレージョ(デザインされたタイル壁)で飾られ「いかにもポルトガル」という感じだ。

       Inside & Kitchen of Gambrinus ガンブリヌス店内&厨房

午後6時30分だというのにシェフは勿論、他の料理人も姿を見せない。開店に間に合うのだろうかと心配になる。雑用専門のアシスタントだけが従業員のための食事の準備に取りかかっているだけだ。疑問に思い尋ねてみると、この店は海産物などの新鮮な材料を生かした料理がメインなので、焼いたり煮たりと調理が簡単な上に、開店まもない時間は客も食前にカウンターでアペレチーボ(食前酒)を歓談しながら長い時間楽しむので、本格的な食事はなんと9時過ぎだという。

        Ingredient of Gambrinus ガンブリヌスの食材

厨房から階段を登るとワインセラーになっている。そこにはポルトガルワインを代表するヴィーニョ・ヴェルデ、ダァン、マデイラ、ポルトなどがずらりと並ぶ。その種類のあまりの多さに、支配人のダリオ氏も何本あるのかわからないとのこと。

         Manager of Gambrinus ガンブリヌス支配人

ダリオ氏はキザと思えるほどの徹底した着こなしでダンディー、29年間この仕事をしていると自慢する。ダリオ氏の案内によると、この店の1日、1人当たりの消費額は約8000エスクードから10000エスクードと言うから、ポルトガルの生活水準から考えるとかなりのものだ。案の定、上流階級の人々が夜な夜な出没する凄ーいレストランだったのだ。マリオ・ソアレス・ポルトガル大統領も、そのなかの一人。顧客の多くは、家族代々訪れる常連客。

この店で食事ができるようになれば、「上流階級の仲間入り」と出世を志向するポルトガル人にとっては、ステイタスのバロメーターとなっているようだ。ポルトガルの高級レストランでは、通常、ポルテイロと呼ばれる門番が仰々しく入口に立っている。だが、「ガンブリヌス」は、気軽な雰囲気の5つ星レストランを経営理念に掲げているので、私のような俗人でも違和感なく気軽に立ち寄ることが出来る。いつの日か私もお金持ちになって、このレストランで食事をしてみたいものだ。

営業時間は午後12時から午前2時まで、年中無休。午後9時30分がラストオーダーとなる日本のレストランは「豊な時間と食事とは何か」を考え、顧客サービスにもっと努めて欲しい。ポルトガルの一般庶民も上流社会もそれなりに、生活のをりをりを満喫して大切に過ごしているのが素晴らしい。

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