1945年2月18日

               奧村土牛と母・たま

土牛のおかあさんが83歳で亡くなった。「風邪をこじらせ半月ほど病んだ末の事だった。闘病中も頻繁に空襲警報が鳴り、そのたびに母を背負って防空壕に入らなければならなかった。昼となく夜となく、大騒ぎしながら家から出たり入ったりを繰り返した。夜でも探照灯や火災の明かりで、昼のように明るかった。

母は亡くなるその夜、私に『抱いてくれ、抱いてくれ』とせがんだ。私は国民服にゲートル姿で母を両手で抱えた。一晩が経過、母は私の手の中で息を引き取った」土牛談。亡くなった2月18日は土牛の誕生日だったんだ。土牛研究員クロ

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