131 ロサンゼルス空港で働く

UCLAでのインテリア・デザイン学校の通訳の仕事も終わり、いよいよ本格的に仕事を探す毎日が始まった。『LA Times』の求人欄や地元の新聞、日系の新聞などをくまなく目を通した。ある日、日本航空の求人欄が目に止まった。

その記事によると、日本航空が今年からブラジルへ乗り入れることになりポルトガル語と日本語の出来る人を若干名募集と書いてあった。早速日本航空へ電話を入れた。人事課の採用係の人は「すぐに履歴書を送って欲しい」とのことでチズちゃんは早速英語と日本語の履歴書を2通送った。

履歴書を送って一週間もしないうちに日本航空から連絡がきた。採用の連絡だった。チズちゃんは、これでまた航空会社に復帰することになった。しかし、この仕事は正社員ではなくパートだった。パートと言っても朝早くから夕方まで働く時間は正社員とほとんど同じだった。

チズちゃん達の仕事は、空港内全域で一日中駆け回る仕事だった。まず、飛行機が着くとお客様を迎えて、彼らをイミグレーション(入国管理事務所)と税関に案内し、まだ旅行を続ける乗客はトランジット・ルームに案内する。入管で英語の分からない乗客がいると、その通訳するなど休む暇もない。

税関では荷物が見つからない乗客が居ると一緒に探しまわり、仕事はやまほどある。毎日様々なことが起こるので楽しいことは楽しい。一緒に働く人達も仲が良くて楽しかった。特に一緒に働いていたボスは帰米二世のフランク・ナカシマ。皆、彼を「MRナカシマ」と尊敬を込めて呼んでいた。

MR.ナカシマは定年を迎えてから、もう一度現場に復帰していた。とても紳士的でチズちゃん達女子係員全員、彼と一緒に働くのが大好きだった。彼は言葉少なだがチズちゃん達のことを何時も優しく見守ってくれ安心して働くことが出来た。何かあっても彼に相談すると何時も良いアドバイスをくれた。

チズちゃんは、仕事の日は毎朝6時に家を出る。朝食をとる時間がない。腹ペコでオフィスに着くと、誰が持って来るのか毎朝テーブルの上に大きな箱いっぱいのドーナツが置かれていた。少なくとも40個はあった。チズちゃんは、それを2個バックに入れ空港内を持ち歩き、空腹になると食べていた。

毎日のドーナツで6カ月もすると体重が5キロも増えてしまった、ドーナツ太りだ。もしフライトの仕事なら確実にボスに呼ばれてダイエットを命じられたに違いない。ヴァリグ航空で働いていた頃、ブラジル人の仲間が太りすぎでボスに呼びつけられ痩せるまでフライトから降ろされた事を思い出した。

ロサンゼルス空港はハブ空港。東京、東南アジア方面に向かう便は午前中に到着する便が多い。そして引き続き旅を続けるトランジットの乗客はトランジット・ルームで給油、機内清掃をする間約2時間待つ必要がある。時間によってトランジット・ルームは大混雑となる。

様々な航空会社がほぼ同時刻に到着するので地上係員は目が回る忙しさ。時には乗客が別々の航空会社で旅をしてロサンゼルス空港で再会、嬉しくなり話に花が咲き一緒に機内へ戻りちゃっかり座席に座る。両方の航空会社の係員が一人多い乗客を探すのは結構時間がかかる。

戻る飛行機を間違える乗客は団体客が多く、すべて添乗員任せなので自分が何処の航空会社に乗って旅行しているのかも全く分かっていない。それに飛行機の出入り口は直接空港とつながっているからどの搭乗口も同じに見えるらしい。

海外で働く日本人が多くなったが、日本企業本社から出向してきた社員と現地採用社員との間には格差があり、溝があるように感じられた。待遇や報酬面については差があり、加えて出向社員は外国語が下手なのに、あからさまに上から目線の態度だった。

日本企業は、日本からの出向社員と現地採用社員との差別が顕著だ。チズちゃんは、ずっと初めから外国企業で働いていたので溝を感じることはなかった。ところが改めて日本企業で働いてみると、外国企業にはない先輩、後輩の差とか男女の差が色濃く残っているのを感じずにはいられなかった。

2023年になった今日、朝日新聞によれば日本の経済的男女格差は世界的にみると主要先進国中最下位の125位に位置することが判明した。政治に至っては138位、世界から取り残されている現実がある。これを解消するには、あと百年以上もかかるのではとニュースで言っていたのには驚かされた。

チズちゃんたち地上係員は、決まった時間に食事をすることは余り出来なかった。というのも飛行機が定時に到着すれば問題ないが、遅れたりすると食事の時間をとれない事も往々にあった。食事の時間があっても、空港内の空いた待合室でランチをサッサと済ませるのが常だった。

なのでみな、食べやすいおにぎりなどにしてバックに忍ばせ持って歩いていた。一緒に食事をする時の話題は家族、食べ物、トピックスや仕事の不満などだった。もっとスムーズに仕事ができるにはどうしたら良いかなど話は尽きなかった。

ある日、仕事の仕方が話題になり、こんな風にすれば良いのではないかと皆で話し合いが始まった。勿論、MR.ナカシマもこの中に加わっていた。結論が出て、そのプロセスを上司に話すことになりチズちゃんが代表で課長に伝えることにした。

課長は背が低く痩せ型で丸メガネをかけショボショボした小さなな目をしていた。いつも濃紺の背広を着て、オフィスの中にある小さな一人部屋で一日中座って手もち無沙汰にしていた。チズちゃんはドアをノックして、その部屋へ初めて入った。彼は何の用事なのかと怪訝な目つきでチズちゃんを見た。

チズちゃんは机の前にある椅子に腰かけると、「話があるのですが」と言った。「みんなで決めた改善案を聞いてもらいたい」と切り出した。すると彼は、突然チズちゃんの話もきかずに「そんなに文句があるなら会社を辞めてもらっても良いんだよ」と言い放った。今の時代ならパワハラ発言だ。

チズちゃんは、みんなが考えている仕事をスムーズにするための提案を聞いてもらいたかっただけなのに、こんな風にいわれるなんてと驚いた。所詮彼は、私たちの提案などに聞く耳を持っていないのだ。「この人は人の話に耳を貸す人ではない」という事がはっきりと分った瞬間だった。

課長は上司の前では米つきバッタのようにペコペコするのに、チズちゃん達、女子地上係員のことは何時も馬鹿にして上から目線で意見など聞く耳を持たない態度に、ついにチズちゃんの堪忍袋の緒が切れた。

チズちゃんは、その課長に「分かりました。そんな風におっしゃるのなら今すぐ、この会社を辞めさて頂きます」と言い放ち、すぐに帰宅してしまった。チズちゃんはそれっきり2度と会社には戻らなかった。

同僚達はチズちゃんが突然辞めてしまったので驚いたが、後日、同僚には事の成り行きを説明して理解してもらった。チズちゃんが辞めた後、一緒に入社したkumikoちゃんが「チズちゃんが会社を辞めるなら私も辞めさせて頂きます」と辞表を出して辞めてしまった。

その課長は「チズちゃんがKumikoちゃんをそそのかして、会社を辞めさせた」と根も葉もない噂を流していたと後で聞いた。最後まで嫌な奴だった。これで、また振り出しに戻ったので仕事探しを始めなくてはならなくなった。三毛猫タヌー

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