42 リオデジャネイロへの旅

ポルトアレグレに暮らし始めて一年目がすぎた頃、エルビックのお姉さん家族3人と一緒にリオデジャネイロまで旅行することになった。勿論、長距離バス旅行。往復切符を買った。

ルッチ(エルビックの姪)が切符の裏にこんなことが書いてあるよとチズちゃんに言った。もしバスで死亡事故に巻き込まれた場合は保証いたしますと書いてある。日本円に換算してみると、なんと一万円足らずだったので、絶対にバス事故では死にたくないと思った記憶がある。

リオに到着すると、8月の冬だというのにコパカバーナ海岸では多くの人が甲羅干しをしていた。女の人の水着はタンガと言って後ろは紐だけで殆ど隠れるところがない日本では見たこともない全裸同然の水着を付けていた。

リオと言えば、あの手を広げている大きなキリスト像のある「コルコバードの丘」、「ポンデアスーカル」は2つの大きな岩の間を空中ロープウェイがつなぐ。高度は約400mあるから強風の日は空中ゴンドラが結構ユラユラと揺れて怖い。下は海なので高所恐怖症の人でなくてもザワザワとする。

コパカバーナのバラータリベイロ大通りには、沢山のレコード店があった。1969年代のカンツオーネはブラジルでも人気でジリオラ・チンクッエティやウィルマ・ゴイクのカンツオーネの曲がどこでも大音量で流れていた。ブラジル人の歌手ではロベルト・カルロスやシコ・ボアルケなどに人気があった。三毛猫タヌー

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