74 悲しい出来事

チズちゃんは月3回、ロスと東京のフライトを淡々とこなしていた。朝5時に起床、二つの大小の重いスーツケースとハンドバッグを持ち、ルーズベルトホテルからリムジンバスに乗る。空港に着くとクルーと顔合わせ、飛行機に乗り込み、食事と飲物と機内のチェックを自然にこなせるようになっていた。

1973年、そんな時一番心配していた事が起きた。リオ発パリ行きの820便が着陸に失敗して前部洗面所付近から出火、死者123名、生存者11名の痛ましい事故だった。この飛行機はチズちゃんが東京―ロスを飛んだ後、ロスからリオに向かい、リオで整備をした後パリに向かったのだった。

もし、チズちゃんの飛ぶ区間が違っていたら完全に事故に巻き込まれていた。そう考えるとチズちゃん自身の運の強さに感謝した。亡くなったクルーの一人は一緒に訓練を受けたドイツ人のテア、そして生存者の一人はやはり訓練で一緒だったアランだった。彼は事故後すぐに会社を辞めフランスに帰国した。

この事故以来、チズちゃんはやっぱり事故は起きるんだと痛感して少し怖くなった。チズちゃんがVarig航空に働き始めて初めての事故だった。でもまあ、死ぬ時期が来れば死ぬんだと思うとジタバタしても仕方ないと考えることにした。C’est la vie !(セ・ラ・ヴィ)これが人生、運命に従うしかない。三毛猫タヌー

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