航空会社で働いでいると、いろいろな人と会う機会がある。その中で今でも印象に強く残っているのは小野田寛郎さんだ。彼がジャングルの中から突然現れて日本中を驚かせたが、その後ブラジルで牧場を経営する事となり、日本とブラジルを行き来するようになった。
小野田寛郎さんは、チズちゃんより年齢的にはずっと上だったが、凛として青年のような風貌だった。けっして背も高くないし、ちょっと見は華奢な身体つきで、何十年もジャングルで一人生き延びるエネルギーがどこにあったのか不思議に思った。とっても人間的に魅力的な人だった。
小野田寛郎さんは礼儀正しく、言葉も丁寧で品のある紳士だった。今でも小野田さんの事は忘れられない。座席に横になって休む時も足を折り曲げると2つの座席にすっぽりとおさまる体格だった。
ある日ブリーフィングで、相撲取りの豊山関がブラジル場所に参加するため搭乗するとのこと。座席に腰掛けられるのかと皆心配をしていた。ベルトはもう一本継ぎ足せば大丈夫だし、食事はいつも乗客数よりはすこし多めに入っているので、お代わりにはそれをサービスすれば良いことになった。
豊山関が搭乗してきた。近くで見ると相撲取りは大きくて鬢付けあぶらの香りがする。座席に座るとお肉がひじ掛けからあふれ出て、とても窮屈そうだ。ベルトは短いのでもう一本繋いで締める事ができた。座席の隣は空席にしてあり、離陸、着陸以外はひじ掛けを上にあげれば、ゆっくりと2席使える。
昼食時間、乗客のトレーにはホットプレート、サラダ、デザート、パン、飲み物をサービスして回る。ホットプレートサービスが終わった時点で豊山関に「お代わりいかがですか」と聞くと、もちろん「頂きます」と答えた。きっとホットプレートを二皿食べてもお腹一杯にはならなかったに違いない。
今も現役で活躍している三浦和良選手にも会った。まだ日本にはJリーグもなく、やっとスタートする頃だった。三浦さんがチズちゃんに「僕はサッカー選手、これから日本でもサッカーリーグができるよ」と話した。彼はまだ17歳だったがブラジルの大学卒業した人より高給取りだと自慢していた。
すでに三浦選手は、ブラジルのサッカーチームでプレーしていると話していた。その後、日本でJリーグが結成され、三浦選手は東京ヴェルディでプレーをすることとなり、余りサッカーには興味がなかったチズちゃんも彼がテレビでプレーをしているのを見て懐かしく思った。
世界でも名をはせた俳優Mさんも乗り合わせたことがあった。もちろんブラジル人の乗務員も彼を知っていて、機内はその話で盛り上がっていた。彼らはサインが欲しいとかファーストクラスに座っているMさんに色々話かけてみたらしいが、彼はぜんぜん相手にせず知らんぷりを決め込んでいた。
チズちゃんはプライベートな時間なので話し掛けない方がよいと思っていたが、話好きのブラジル人乗務員はお構いなしに話し掛ける。だが、Mは無視。ついに彼等は怒って、あの俳優の映画を観て素晴らしいとファンになったが「もうファンを止めた」と言う始末。世界の名優の名も失墜してしまった。三毛猫タヌー
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